第6回学術大会(1998年) 研究発表要旨

A-1山田政信(筑波大学大学院)

「北東部ブラジルにおける天理教の受容と展開―カトリック的宗教風土を中心に」

 発表者は、1997年2月から3月にかけて北東部ブラジル(レシーフェ市)にある天理教教会でフィールド調査を行った。これまでの先行研究(森〔1985〕、中牧〔1986〕)では、ブラジルの天理教が日系人社会において日系人のための精神的紐帯として受け入れられていることが指摘されてきた。しかし、発表者が調査を行ったレシーフェの事例では、教会全体に占める非日系人信者の割合が約9割に達しており、ブラジルの天理教のなかでも注目すべき展開を見せている。本発表は、ブラジルにおける日本の新宗教の受容と展開の問題を、それを経験する主体の側から論じようとするものである。彼らは、どのような宗教的バックボーンを持ち、何が天理教への入信を可能にしたのか。本発表では、多元的なブラジルの宗教風土のなかでも、特にカトリック的宗教風土から天理教に入信した人々が議論の爼上にあげられる。

A-2石井美保(京都大学大学院)

「越境するラスタファリアンズ―タンザニアにおける社会宗教運動の展開―」

本発表は、現代アフリカ諸都市で発展している新興社会宗教運動に関する文化人類学的研究である。急激な都市化に伴ない、民族対立や貧困層の増加が問題化しているアフリカ都市社会において、さまざまな新興宗教運動が若年貧困層を中心に発展し、超部族的な紐帯として機能している。なかでもカリブ海地域のディアスポラ(離散)黒人によって形成され、アフリカに伝来したラスタファーライ(Rasatafari)は、アフリカにおいて離散黒人とアフリカ人の双方によって担われ、運動内部で複数民族のみならず大西洋を横断する黒人集団の混交がみられる。本発表ではタンザニアの首座都市ダルエスサラームにおけるラスタファーライの発展動向について、都市状況との関連から検討する。これによって本発表は、都市貧困層による社会実践についての理解を深めるとともに、宗教運動を軸とする部族を超えた新共同体の形成について明らかにすることを目的としている。

A-3田村 貴紀(国学院大学日本文化研究所)

「Media is Medium: ARION-サイバースペースを霊媒として選んだ宇宙神霊」

 1991年、複数のエネルギー体である宇宙神霊(ウツノカムヒ)ARION(アーリオーン)は、人間との直接的な会話の場所としてパソコン通信会議室を選択し、その後7年間にわたって、参加者とのコミュニケーションを続けている。ARION自身は、自らが宗教ではないないことを言明しているが、パソコ ン通信というきわめて個人的・匿名的な媒体を通してのARIONの発言内容は、 自己凝視的・自立促進的なものであり、人間自身が「自分を見る」というプログラムによって自力で覚醒することに力点を置く。宗教とサイバースペースの関係について研究をしている発表者は、宗教関連のウェッブサイト主催者にアンケート調査を行い、サイパースペース上で3種類の宗教的行為の可能性があるという仮説を立てた。1.言葉を中心とするもの 2.場所(もの)を中心とするもの 3.オンラインカウンセリング、の3つである。ARIONの会議室は、広い意味で1.の言葉を中心とする宗教行為 の可能性に該当するものであると考えられ、ARION研究は、上記の仮説を立証 する最初のモノグラフの試みと位置づけられる。

A-4宮永國子(国際基督教大学)

「グローバル化と個の可能性」

現代のグローバル化の特徴は、以下の三点に要約される。1)世界規模での経済統合と地域の伝統の再帰的構築による多様化が、同時平行して進行する。しかも、2)多様化を促すのは世界統合の流れ自体であって、3)多様化によって統合がうち消されることはない。この中で、地域の伝統は、世界統合の流れに積極的に参与することによって、自らの再構築の可能性を獲得する。この可能性は、集団「主義」であっても個人「主義」であっても、個の再帰的構築によって実現される。発表は、今までの「個人主義の再検討」研究会の成果を踏まえつつ行い、これからの研究会の展望についても、簡単に触れる。

B-1川端 亮(大阪大学)

「宗教調査における調査設計−質問紙調査の場合−」

宗教現象を実証的にとらえる場合、いわゆる事例的方法が用いられることが多く、質問紙を使った統計的手法を主に用いた研究はあまり多くはない。また、数少ないそれらのものの多くが、当たり前のことをただ数字で置き換えただけで、あまり発見的でなく、おもしろくないことも、多くの研究者に新たに統計的手法を身につけ、研究対象に適用しようという意欲を起こさせない理由の一つであろう。しかし、社会調査の一方の主流として統計的手法があることは間違いなく、また、多くの分野で統計的手法で数多くの業績が上がっていることも事実である。宗教を対象にしたとき、統計的手法を用いることは、困難で、実りの少ないことなのであろうか。本報告では、社会調査の統計的手法の原理・原則に立ち返り、いくつかの過去の業績を振り返って、宗教を対象にした調査の可能性を考えてみたい。

B-2小原克博(同志社大)

「今日の生命倫理と宗教―生殖技術をモデルとして」

医療技術の進展とともに、従来の倫理観では十分に対応できない課題が多く現れてきた。宗教は生命倫理に関して「公共的」議論に耐え得る有効な発言をすることができるのであろうか。本発表では、生殖技術が提起する問題群を、特に「人工授精・体外受精」を中心にして、考察のためのモデルとして取り上げる。その際、宗教が歴史的に生殖を管理・規制する役割を果たしてきたこと、そしてその対象がもっぱら女性に向けられたきたことを考慮するなら、フェミニズム的洞察を欠くことはできないであろう。また、生命倫理学的問題の是非を論じられるとき、しばしばある行為が「自然」か「不自然」かという言葉が引き合いに出される。宗教にとって「自然」とは何か。また、宗教は「自然」と「人工」をどのように関係付けることができるのか。宗教的言説や自然理解が、どのように女性の自己決定権を阻害してきたのかを明らかにすることなしに、宗教は今日の生命倫理的課題に適切に応答することはできないだろう。

B-3菅 浩二(国学院大大学院)

「朝鮮神宮御祭神論争再解釈のための一試論」

 戦前の海外神社全体の中で、外地唯一の勅祭社である官幣大社朝鮮神宮は特異な位置にある。朝鮮神宮は御祭神(天照大神・明治天皇)の点でも、それ迄の新領土の総鎮守(台湾神社・樺太神社)と異なつてゐる。この朝鮮神宮の御鎮座(大正十四年十月)直前に有力神社人らが、朝鮮神宮には「檀君を朝鮮国魂神として奉斎すべし」と政府・総督府に意見したのが「朝鮮神宮御祭神論争」である。だが、かかる神社人の声は結局、朝鮮神宮に関する限り全く反映されなかつた。この経緯は従来の見解では、後の「皇民化政策」へと直結する近代神社史全体の転換点として単純に解釈されてゐる。しかし遡ればこの論争の淵源は、韓国併合以前に平田派国学の影響下に成立した檀君奉斎論に至り、一方で以後の大陸での神社政策も、この論争から微妙な影響を受けてゐる。本発表ではかうした新たな事実の指摘と共に、背景としての初期総督府政にも目を配り、この論争が有する歴史的・社会的意味の再解釈を試みたい。

B-4広瀬浩二郎(京都大学研修員)

「大本教の文化史的研究」

 本発表は大本の教団研究にとどまらず、宗教の枠を超越した一日本文化論として出口王仁三郎の思想の解明にとりくむものである。1大本の人間観は、人類愛善思想に根ざした福祉活動に注目する。具体的には重度知的障害者施設「みずのき寮」の歴史と絵画教育への取り組みをとりあげる。2大本の世界観は、神による真の「武」の道をめざした大日本武道宣揚会の活動を分析する。特に合気道・親英体道の成立事情と大本霊学の身体観・宇宙観との関わりを明らかにする。3大本の理想世(世直し)観は、王仁三郎が採用したエスペラント語に注目する。宗教協力・宗際化の先駆者としての大本の役割は極めて大きく、大本が掲げる地上天国観念と平和・社会改良運動についても解説したい。4大本の神観は、祭礼行事の実地調査等を踏まえ、素戔鳴神話の再生という観点から「霊界物語」の特徴を記紀神話との対比から考える。5戦後王仁三郎が到った脱教団、形なき宗教の境地について包括的に述べ、その現代的意義付けを行う。

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